現在、我々の周囲は多くの音楽で溢れている。その中で、もっともよく聞かれているのが、いわゆるロック、ポップスと呼ばれるものであろう。
このロックという音楽は、1950年代から歴史に登場した新しい音楽である。そして、この音楽が形成された過程や音楽の特徴をみると、黒人音楽の影響が、はっきりとみてとれる。

そのような黒人音楽の代表として、ブルースやゴスペルが挙げられる。
ブルースはしばしば、虐げられた黒人音楽家の心の叫び、というような捉え方をされる。しかし、実際のブルースにはもっと多様な種類があり、歌詞の面から見ても、性的なもの、労働の厳しさを歌ったもの、そして特に意味を持たない常套句をならべたものなど、無数の例が存在する。また、演奏の側から見ても、ギターのみの伴奏、ギターとハーモニカなどといった複数の楽器による伴奏、そして、プリミティブな印象を超えた洗練された伴奏など色々なものがある。
また、ブルースは歌として演奏されていただけではなく、人が集まったときのダンス音楽として、薬の販売の呼び込みの歌として、また週末の酒場で皆の疲れを癒すための音楽として、というように色々な目的ででも演奏された。ブルース歌手の中には、一つの場所に定住することなく、各地を放浪し酒場で演奏を行ったり、いくらかの報酬をもらってレコードに録音した者もいた。
このように、ブルースは多様な音楽であり、色々なバリエーションが生まれ、発展していったのである。
そして、ゴスペルもまた、ブルースと共に後世に影響を与えた音楽として挙げられる。ゴスペルとは福音を意味し、その歌の中では、神に対する思いが歌われている。勿論、賛美歌のように、他にも神への信仰を歌った歌は多くある。しかし、ゴスペルが他の歌に比べて最も異なる点は、黒人独特のシンコペーションやシャウトを取り入れた点である。そのため、ゴスペルは激しく、熱狂的に歌われることが多い。
ゴスペルは聖なる音楽であり、最初は主に教会で歌われていた。しかし、1950年代頃になると、段々と教会出身の歌手が増え始め、ポップスの要素を持ったレコードも出され始めた。そして、ゴスペル的要素をもった黒人音楽は、ソウルと呼ばれるようになり、R&Bと並んで黒人音楽の重要な一ジャンルとなった。

黒人の演奏する黒人音楽は、白人の演奏するロック、ポップスといった白人音楽へと「転化」した。白人は、黒人の演奏する音楽を直接模倣しただけではなく、自分たちなりの解釈を加えた。しかし、その転化の過程には、大きな動きが存在した。アメリカで誕生した黒人音楽が、ヨーロッパを経由してアメリカ白人に受け入れられたのである。黒人音楽は、レコードにより、世界を「転」がるような動きを見せた。
黒人音楽の主要なジャンルの二つは、後のロック、ポップスに、一体どのような形でどのような影響を与えたのだろうか。この点を、レコードという媒体を中心にして考察していきたい。

この論文の各章について説明すると、まず第1章では、レコードの歴史について述べている。エジソンによるフォノグラフの発明から、第二次大戦後の頃まで、社会的な出来事にもふれながらまとめている。そして、第2章では、ブルースの歴史と、ブルースの影響について述べている。第3章では、第2章を同様の事を、ゴスペルについて述べている。そして、最後の第4章では、ブルース、ゴスペルといった黒人音楽が、ロック、ポップスといった白人音楽へ転化する過程について述べている。