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ゴスペルの歴史 ~黒人霊歌の起源~

以前、簡単にゴスペルの歴史をまとめたことがあったが、あらためて、黒人霊歌からゴスペル、そしてソウルミュージックまでの流れをまとめてみようと思う。
そこで、ゴスペル音楽の歴史を辿るには、まずキリスト教にとって音楽がどのようなものか、確認する必要があるだろう。

金澤正剛『キリスト教と音楽』の第1章で、キリスト教全般と音楽に関して述べられている。かなり乱暴にまとめると、カトリックでは色々な典礼で音楽が用いられるが、プロテスタントでは、会衆は礼拝にもっと積極的に参加するべきとしており、ただ歌を聞くのではなく、みんなで声を合わせて歌うべきと考えられていた。

ここで、音楽史に目を向けると、グレゴリオ聖歌から、ルネサンス、バッハ、バロック、古典主義、ロマン主義、印象派、無調などの現代音楽という流れで説明されることが多いと思う。

もともと、グレゴリオ聖歌はカトリック教会の聖歌をまとめたものである。となると、西洋クラシック音楽はカトリックから始まったと言っていいだろう。もちろん、吟遊詩人に代表されるように、それ以外の音楽もたくさんあったが、キリスト教の音楽が主流だったように思える。

※音楽関連の調べものをしたいときに役立つのが、ニューグローヴ世界音楽大事典と呼ばれる音楽専門の事典。ただ、オンライン版(英語)は有料で、値段もそれなりに高価。仕事で使うならまだしも、個人となるとさすがにきつい。
また、かなり昔、第1版の日本語訳が出版されたことがある。ただ、自分の記憶では、日本語版は個人での購入のみで、図書館のような公的な場所には置けなかったはず。となると、さすがに買う人は少なかっただろう。第2版の日本語訳は出て無なさそうだが、しょうがないのかもしれない。

閑話休題。

次に、アメリカにおけるキリスト教の歴史を確認すると、まず最初に、コロンブスの米国大陸発見以降、スペインによる米国大陸の植民地化が始まった。その過程でキリスト教が持ち込まれ、まずはカトリックが広がっていった。
次の大きな流れは、1620年、イギリスから信教の自由を求めて、清教徒が渡ってきた(これまで、清教徒はカトリックだと思いこんでいたが、プロテスタントだということを、今回初めて知った)。

ここからは、土井健司監修『1冊でわかるキリスト教史』による部分が多くなるが、スペインの国力低下と共に、イギリスの支配が続くことで、ピューリタン的な考え方が広がった。
その他に、アメリカでのキリスト教の大きな動きは、何度か繰り返された信仰復興運動と言われている。18世紀から19世紀にかけて、アメリカでは、国土の拡大、独立戦争や南北戦争などがあり、その結果、産業振興と社会階層の分化が始まった。このような社会変動への不安が、信仰復興の背景となり、敬虔主義、メソジスト派が大きく勢力を拡大した。

また、このとき、巡回説教者が開催するキャンプミーティングも、キリスト教の拡大に貢献した。ここでいうキャンプミーティングとは、現代のキャンプとは別物で、屋外での集会を指す。まだきちんとした礼拝施設がない場所に布教するために、屋外に礼拝所を用意し、そこで集会が開催された。
「Deep River」の歌詞に「campground」という言葉がある。昔は特に意識もせずに聞いていたが、改めて考えると、ここでいう「campground」とは、この野外の礼拝施設を指しているのだろう。

ここで、アフリカンアメリカンとキリスト教との関係を確認すると、上杉忍『アメリカ黒人の歴史』によれば、奴隷としてアメリカに連れてこられてから、彼らはアフリカ伝来の宗教を維持しつつ、キリスト教も受け入れた。そして、彼らの音楽や踊りは、異なる部族の共感の輪を生み出す役割を果たした。

また、独立戦争の後、多くのアフリカンアメリカンが、メソジスト、バプティストに改宗をした。その理由について、E・フランクリン・フレイジァ『アメリカの黒人教会』では、二つの理由が紹介されている。

一つは、メソジスト、バプティストの伝道師たちは、貧しい者、教育を受けていなかった者に訴えかけることができたこと。もう一つは、アフリカンアメリカンたちが、野外集会、伝道集会などに参加することで、その集会に参加していた多くの仲間に誘い込まれたことである。当時のアフリカンアメリカンは、祖国、血縁者、仲間から引き離されていた。しかし、そのような集会では、多くの仲間との交流が存在していたのである。

さらに、奴隷としての厳しい状況下では、祈ることくらいしかできなかった。キリストに祈り、そしてそれが霊歌(スピリチュアル)と変化した。

そして、北村崇郎『ニグロ・スピリチュアル 黒人音楽のみなもと』によると、霊歌には、現在の不安からの脱出、死後について多く歌われている。奴隷としての辛い生活から逃れることのできる、天国での生活を夢見て歌っているのである。スピリチュアルは、そのような普段の生活の中から生まれてきた歌なのである、とまとめられている。

ウエルズ恵子著『魂をゆさぶる歌に出会う』では、アフリカンアメリカンの集会での様子も説明されている。彼らが集会に集まり、歌ったり踊ったりする行為を「シャウト」と呼ぶ。このシャウトは、単に叫ぶことではなく、礼拝に関する行為全体を示すものである。また、歌うときには、合唱のように全員が一斉に歌うのではなく、リーダーのソロに合わせて残りの人が応える「コールアンドレスポンス」が行われる。

このような白人霊歌とは異なる黒人霊歌は、最初はあまり受け入れられなかった。そのような状況を変えたのは、フィスクジュビリーシンガーズの存在だ。彼らは黒人霊歌を西洋音楽風にアレンジし、その美しさが人々の心をつかみ、どんどんと知名度が上がっていった。

黒人霊歌とゴスペルの違いについて、さきほどの『魂をゆさぶる歌に出会う』では、黒人霊歌は死んで苦しみから逃れられるか、天国に行けるかということが歌われてる。一方、ゴスペルは、悲しみや苦しみを歌いながらも、歌いながら信仰への歓喜を湧き上がらせる歌であると述べられている。

また、サウンド面での違いとして、「ゴスペルから力強いビートを感じる」とマヘリア・ジャクソンは述べている。聞いてみると感じるのだが、黒人霊歌は落ち着いたサウンドで、ゴスペルはよりリズミカルなサウンドに聞こえる。

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音楽関連のディストリビューション、Webディレクターとして働いてきました。最近は、もっとコーディングしたいなあと思っております。